2020年2月7日金曜日

ETV特集『人知れず 表現しつづける者たち iii』を観て。

NHKで放送されていた『人知れず 表現しつづける者たち iii』を観た。少し前に再放送されていた『i』と『ii』をたまたま観たおかげで、この放送を知ることが出来た。たしか『i』で言及されていたが、放送で取り上げられている作品は、アール・ブリュット展に展示されている。「アール・ブリュット(生の芸術)」、まったく知らない言葉だった。

アール・ブリュットとは、既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品の意味で、 英語ではアウトサイダー・アートと称されている。

放送の中では、それぞれの作者は一様に、楽しそうに作品を作っているように映っていた。

誤解としての芸術:アール・ブリュットと現代アート
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芸術の見かた

もう10年近く前になるが村上隆の『芸術起業論』を読んでから、芸術に対する考え方が変わった。そこには、芸術は既存の文脈の上に築かれるものであるということが繰り返し書かれていた。過去の芸術作品に対して、自分の作品が新たに追加されることで既存の文脈が変わる。この考え方に触れるまでは、芸術は感性で見るものだと思っていたし、その見方しか知らなかった。

「既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作されている」というアール・ブリュットは、村上隆の考え方では鑑賞するとっかかりがない。もちろん、どちらの考え方が正しいのかという問題ではなく、どちらの作品のほうが価値があるのかという問題でもない。文脈を考えて作品を作ったほうが、人に知ってもらい評価される機会が増えるという話なだけだ。

どう見たのか

では何にどう惹かれて見たのかということになる。

昔なら同じテーマについて何年も描き続ける情熱に感嘆していたかもしれない。情熱は内から出てくるものだと思っていたから。だが、最近は少し違う気がする。何年も描き続けるのは、何かに囚われているからではないか。抜け出したいのか抜け出したくないのかもわからないが、何かに囚われているような気配は感じる。

その囚われた感じを感じることができるのは、アール・ブリュットのような気がした。

アール・ブリュットの本を読んでみたくなった。

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