2016年5月8日日曜日

『ロング・グッドバイ』にテリー・レノックスがいなかったなら

新訳されたチャンドラーのハードカバーが最寄りの図書館に並んでいるのが目に入って、『大いなる眠り』を読み始めたのが半年ほど前になる。書かれた時系列順に読み進めて、新訳がまだ出ていない『湖中の女』は清水俊二訳で読んだ。徐々に内容に新しさがないように感じて来ていたけど、一度チャンドラーから離れようかと悩みながらも読み進めて、ようやく『ロング・グッドバイ』までたどり着いた。『ロング・グッドバイ』は、今までのものに比べ少し本が分厚い。今までと違いがなければちょっと時間を開けてから読もうと、最初の数ページを読み始めたところで、いままでと全く違うことがわかった。
テリー・レノックスという登場人物に、マーロウと同様にひと目で魅了されてしまったのだ。

テリー・レノックスとギムレットを飲まなくても

文体や物語の構造は他と比べて大きな違いはないのだけれど、『ロング・グッドバイ』は他のマーロウものとは比べ物にならないくらい面白い。そして、その面白さはテリー・レノックス唯一人に依存しているんじゃないかなと思ってる。
『ロング・グッドバイ』は泥酔したテリー・レノックスとフィリップ・マーロウとの出会いから始まるが、今までのシリーズの中でこのような始まり方をしたものはない。テリー・レノックスとマーロウが二人で酒を飲む関係になってから、テリー・レノックスはメキシコに逃げ、妻殺しの容疑を掛けられる。
妻殺しの容疑を掛けられて失踪した夫を探して欲しいと、妻の姉であるリンダ・ローリングから依頼を受けるようにすれば、生きているテリーは小説に登場しなくても同じ筋書きになる。その後は、同じようにロジャー・ウェイドの件の依頼を受ければ、テリー・レノックスと出会っている必要はなくなってしまう。
テリー・レノックスとギムレットを飲まなくても、何も変わらずに事件は起こり、解決されたことだろう。

テリー・レノックスはなんのためにいるのか

テリー・レノックとマーロウは友情関係にあるようにみえる。マーロウは彼を自分と同じ種類の人間とみなし、最初のうちはなんとか立ち直らせたいと思っているように見える。
そのような人物は『ロング・グッドバイ』以外のシリーズには登場していない。マーロウは、テリー・レノックスの無実を信じて疑っておらず、その嫌疑を晴らすために行動している。いや、別の事件として別の依頼人から依頼されている事件を追っていったら、結果的にテリー・レノックスの嫌疑を晴らすことになった、ということはあるだろう。でも、それすらもテリー・レノックスとの友情のために行っているように見えるのだ。
友情のために事件を解決させるため、テリー・レノックスは登場するし、登場させる必要があったんだろう。