妻が図書館近くの美容院へ行くというので、私も図書館まで行って本を読みながら待つことにした。仕事が一段落ついたので、久しぶりに本を読む余裕が生まれていた。書架を眺めながら歩いているとSFマガジンが目に止まった。テッド・チャンの新作が掲載されているのをすっかり忘れていた。妻が戻ってくるまでの間に読めるだろうかと不安と期待が入り混じった状態で手にとった。
こんな話
小説は、ほとんど現実の地球と変わらない世界を舞台としていたが、主人公は考古学者で熱心な宗教の信者でもあった。主人公は遺跡やミイラの年代を調べるとともに、年輪がない最初の世代の木や、へその緒のない最初の人間を見つけているようだ。その最初こそが神が世界を創った証拠であると。なるほど。そうであれば、考古学者であり、信者であることは矛盾しない。
ある発見が大きな転機となる。天動説を体現している惑星<エリダヌス>の発見だ。どういうことか。主人公の住む地球は太陽の周りを回っている。天動説の惑星こそが、神が世界を創造した目的であり、地球はあくまで副産物に過ぎなかったということがわかるわけである。
面白く感じたところ
主への問いかけから始まる主人公へ、私は最初は共感出来なかった。だが、エリダヌスを見つけて神から見放されている状態に気づいたあたりから共感できるようになった。この気付きは小説の面白いところだ。主人公がずっと熱心な信者であれば、小説にこの面白さは生まれていない。そしてこの面白さはテッド・チャンは意識的に書いているはずだ。
年輪の始まりや、へその緒のない人間を神の証拠とし、地動説の惑星を神が地球を特別視していない証拠としているのもとても楽しい。杜撰な証拠を残してしまうのがとても人間らしい。そして文体もこの話にとって選びぬかれたものとなっている。結論が現代の人々の気持ちと相反しないのも良い。いくつものアイデアが整合性を保たれたまま小説をなしている。
妻の美容院から戻ってくる前に併録の「2059年なのに金持ちの子にはやっぱり勝てない。DNAをいじっても問題は解決しない」も読み終えることが出来た。もちろんこちらも面白い。