本書は、著者のジョー・サッコが1991年から1992年にかけての二ヶ月間を、イスラエルの占領地であるヨルダン川西岸とガザ地区で過ごした記録だ。ジョー・サッコ自身はオレゴン大学でジャーナリズムを学んだアメリカ人であるが、アメリカでの報道の偏りに気づいたことから、占領地に行こうと決めたとある。
私自身も最近、生活していて得られる情報に偏りを感じていた。きっと多くのことを学べるだろうと読み始めた。そして多くのことを学びすぎてしまった。
状況のわからなさ
本書は漫画であり、著者本人が占領地へ行くまでの歴史のことは漫画内では詳しくは描かれない。 前提知識がないと、パレスチナ人を突然襲う兵隊たちは誰なのか、なぜユダヤ人が銃を持ってパレスチナ人を威嚇するのか、パレスチナ人たちは誰に向かって石を投げているのかがすぐにはわからない。著者が、イスラエルから入国し、その後パレスチナへ移動する姿を追っていくと、その生活水準や環境の落差に驚くことになるが、なぜこれほどの差が生じているのかも、わからない。
このイスラエル、パレスチナ間で起きているすべてが、読んでいる読者だけでなく、住んでいるパレスチナ人にとっても不条理で意味のわからないものなのではないかと思えてくる。
パレスチナで起きていること
本書でのパレスチナはイスラエル軍の占領下にあり、パレスチナ人は正当な理由なく逮捕され、イスラエル人入植者のために家を壊され、土地を奪われ、拷問を受ける。対抗する手段は投石しかなく、投石をすると銃で撃たれる。第一次インティファーダ(民衆蜂起)の時期である。関税も公平でなく、イスラエル産のものに比べ、パレスチナ産のものには多くの税がかけられ不利な競争を強いられる。仕事はなく、イスラエルに行って仕事をするが、ここでも公正には扱われない。夜間外出禁止令があり、夜8時から朝4時までは外出禁止だ。
いったい何が起こっているのだろう。これは30年も前の話であり、少しずつでも状況は良くなっているのだろうかと不安に思っていると、2001年の完全版へのまえがきでは状況は悪くなっていると書かれている。
なぜ情報が入ってこないのか
これだけ、情報が溢れた世界で、今までなぜ知らなかったのだろう。興味がなかったからと言ってしまえばそれまでだが、興味がない情報も身の回りに溢れていることを考えれば、それ以外の理由があるのだろう。
世界にはもっとひどい不正義が存在していて、死体の山が築かれている場所があるとは聞いている。ジョー・サッコ,『パレスチナ 特別増補版』,いそっぷ社,2023年
ジョー・サッコはこう言っている。私個人に、いったい何が出来るのだろうか。
漫画以外にも、エドワード・サイードとジョー・サッコ本人の、訳者の小野耕世の文章があり、理解を補ってくれる。パレスチナ問題略年表もある。この本のみでもパレスチナ問題を理解する第一歩には十分になりえると思う。
現在、戦闘が始まってから14,000人以上のパレスチナ人が死に、1,200人のイスラエル人が死んでいる。30年経って状況は改善されていない。