読み終えてからしばらく経つので記憶があいまいなのだけど、『ディアスポラ』の主人公ヤチマは<創出>によって形成された、親をまったくもたない市民で、たぶん今でも真理鉱山を掘り続けているはずだ。
「あなたはDNA生まれですか?」
グレッグ・イーガン『白熱光』ハヤカワ書房、2013、7頁
登場人物のラケシュへ投げられた上の質問で始まる『白熱光』は、『ディアスポラ』と兄弟のような話に違いない。あれだけ遠くまで行った『ディアスポラ』を越えられるのか?という疑問と不安は読み始めるとすぐに消えていった。
『白熱光』で描かれる2つの世界
『白熱光』は、奇数章と偶数章で異なる話が展開していき、それぞれの話がどう絡んでいくのかが物語としての楽しさだろう。先に上げたラケシュは奇数章の主人公でDNA生まれではあるが、『ディアスポラ』のヤチマ同様に、データとして存在するようになっており、世界に倦んでいる。
『まだなされていないことはない。まだ発見ずみでないものはない。』
グレッグ・イーガン『白熱光』ハヤカワ書房、2013、8頁
銀河円盤全体に広がった通信ネットワークで繋がった融合世界を、データ化された人々は自由に移動できる。だが銀河の中心に意思の疎通が出来ていない世界がある。それが孤高世界と言われるもので、どうやら別の文明が存在しているらしい。
奇数章のラケシュは誰も見たことのない孤高世界への冒険の旅へと出、偶数章ではその孤高世界の姿が描かれる。
2つの世界には大きな偏りがある
ラケシュは、孤高世界を冒険し別のDNAにより発展した種族を見つけることが出来、その種族は孤高世界の住人によって、ある目的のために設計された種族であるということまでわかる。
(たぶんラケシュに発見されたのと同じ種族の)偶数章の主人公ロイは、自分たちが住む星の外部すら見たことがなく、自分たちの星がどのように動いているのかも知らない。
知らないことだらけの偶数章では、いくつもの新しい発見と発見の間違いの発覚が起こり、絶望的な状況になりつつあるように見えつつも、世界は活気に満ちている。
ロイにとっての世界は、まだ知り得ぬ驚きに満ちている。
ここでの中心は偶数章の世界ではないか
読み始めたとき、発見されていない世界に住んでいるラケシュが物語全体の主人公となり、何も知らないロイたちを見つけて世界の一部に取り込むことがお話の中心だと思っていた。だけど読み進めていくと、どうもその読み方に違和感が出てきた。ラケシュの世界では、さまざまなテクノロジーを描いていてワクワクはするのだけれど、大したテクノロジーも出てこず、原始的な方法で世界を解明しようと右往左往しているロイの世界のほうが面白いのだ。
ほとんど神の視点で不死を生きるラケシュよりも、差し迫った種族の滅亡をなんとか回避していくロイに感情移入しやすいからかもしれない。
「本書の感想(レビュウ)の約半分は、次にあげる四つのうち、最低ひとつの勘違いをしている」
グレッグ・イーガン『白熱光』ハヤカワ書房、2013、409頁
もちろん、私もイーガンが言うようにひとつ以上の勘違いをしていた。中性子星とブラックホールの違い、降着円盤とは何か、ということなど『白熱光』を読むまで考えもしなかった。
ロイが物語のはじめ、何も知らなかったように、私も何も知らなかった。ロイが徐々に好奇心を持ち始めたように、私も好奇心を持ち始めた。
次はどのような世界が描かれるか
『順列都市』も『ディアスポラ』も『白熱光』も、すべて永遠の時間を手に入れている人々が描かれる。共通点は少ないかもしれないけれど、ビルを永遠に登ったり、真理鉱山を掘り続けたり、世界に倦んでいたりする。
『クロックワーク・ロケット』は、時間と速さの相対性が設定の中心にあるようだ。永遠の時間を手にしない人々がどのように描かれるのか、限られた時間をどのように生きるのか、そのあたりを気に留めながら読んでみよう。