スティーブン・キングの『異能機関』を読んだ。キングの小説を読むのは久しぶりだ。ホリー・ジャクソンの『自由研究には向かない殺人』三部作の読書体験が良かったから、ページをめくる手が止まらなくなるような本がまた読みたくなってきていたのかもしれない。期待に違わず、読み進むにつれてページをめくる手は止まらなくなった。
あらすじ
カバーの袖にはこう書かれている。
異能の少年少女を拉致する謎の機関〈研究所〉。
彼らは子供たちの超能力を利用して何を企図しているのか。
冷酷なるくびきから逃れるため、少年は知恵をめぐらせる。
主人公のルークは、12歳にして飛び級で大学進学をするような頭脳明晰な少年だ。その頭脳とは別に、テレキネシスの能力があり、その能力に目をつけられて、研究所に拉致されて来る。研究所には他にも能力を持つ子供が何人もいて、能力開発のために注射を打たれ、浴槽に沈められ、人権などない暮らしを強要されている。
『ショーシャンク』との違い
『ショーシャンクの空に』の主人公は元銀行員で、金融の知識によって刑務所長含め、刑務所で働く人々の信頼を得る。結果として、生活の質を向上させる。ある事件を経て、囚人と看守という関係を超えて築いていたと思っていた信頼関係は幻だっということがわかり、失意の主人公は脱獄を実行する。脱獄の手段は長い期間準備されている。チェスの手を読むのと同じで、次の手を読んでいる。そして友情だ。
『ショーシャンクの空に』と『異能機関』の間には多くの類似点を見ることが出来る。
『ショーシャンク』では、無実の罪で収容されていた主人公だが、刑務所は政府の機関として機能していた。そこに不正を見出すことで囚われている意味が失われて脱獄へと至る。 不正を行った所長は裁きにあう。
研究所とは何か
だが、『異能機関』では、捕らえる側の研究所に正当性が見いだせない。主人公を拘束している機関が、国の後ろ盾がある刑務所から、世界各地にある巨大な組織だがどうも正当性が危うい研究機関に変わっている。これは大きな変化だと思う。
熱心なステイーブン・キングのファンというわけではないので、見当外れなことを言っているかもしれない。『シャイニング』も『ミザリー』も閉鎖空間を描いているという点では同じかもしれない。それぞれ主人公を捕らえている人々がどういう人なのかを考えてみるのも良いのかもしれない。